水にはオーラがある?|10年前には見えなかった“水のオーラ”が、今見えた話 後編
- 東雲
- 5月26日
- 読了時間: 4分
10年前は見えなかった“水のオーラ”が、今日見えた話の続きです。
10年前、私は一度、
「水のオーラを見たい」
と思って、透明なビニール袋に水を入れて
20分ほど観察したことがあります。
でもその時は、何も見えませんでした。
だから私はその後、
水にはオーラがないのかもしれない
水は“放出”ではなく“吸収”タイプなのかもしれない
まだ自分の感覚が追いついていないのかもしれない
そんな仮説を立てていました。
そして今日。
まさか、その考えがまた揺れることになるとは思っていませんでした。
お風呂で見えた
今日、お風呂に入っていた時。
ふと10年前のことを思い出して、
「今ならどうなんだろう?」
と思ったんです。
そこでお風呂の電気を消して、お風呂の水をじっと見てみました。
すると——
見えたんです。


「わぁお、見えんじゃん。」
って、心の中で思わず言ってしまいました(笑)
水とバスタブの境界のところが白く光っています。
10年前、あれだけ真剣に見ても分からなかったのに。
でも実は、その瞬間、
嬉しさと同時にちょっと焦りました。
内心、
「やば、水のオーラ見えんじゃん…」
「10年前、“見えなかった”って書いたの、嘘みたいにならない?」
って思ったんです(笑)
でも、その後すぐ、
「あ、でもオーラって、そもそもすぐ変わっちゃうからな」
とも思いました。
オーラって、ずっと同じじゃない
私が普段見ているオーラって、
蝋燭の炎みたいに、ずっと揺らいでいる。
炎が赤っぽかったものがオレンジになったり、黄色っぽく変化するのと同じように
オーラも次から次へと変わる
しかもオーラの場合、もっと複雑で、
色も形(形や霧状か液体かなど)もどんどん揺らいで変わります。
だから、
「これは絶対こう見えます」
って断言できないことのほうがおおい。
見るタイミング、対象の状態、自分の状態。
全部で見え方が変わる。
とくに、観察者である私の状態が
オーラの見え方に大きく影響してしまう感じがする。
だから、人のオーラを見ていても、
第三層ばかり見えてしまう時や反対にもっと上の層ばかりみえる場合もある。
これって、自分のチャクラの状態とも関係してると思っている。
(この話はまた今度)
なぜ今は見えたのか?
ここで私は、また新しい仮説を考えています。
① オーラ視の感覚が成長した
10年前と比べて、
観察力や感覚が変化した可能性があります。
当時は分からなかったものを、
今は認識できるようになったのかもしれません。
② 検証方法が違っていた
もう一つ思ったのが、
“ビニール袋越し”と“直接の水面”では条件が違う
ということです。
ビニール越しでは見えにくかっただけで、
本来は直接見る必要があったのかもしれません。
今から思うとなぜお風呂の水を直接見るということを
10年前は思いつかなかったのか不思議です
どっちが今回の結果に影響してるかは結論出せない。
ただ、こういう“変化”や考えを
記録していくことには意味があるかなっと思います。
昔の自分と比べて、
「前はこう感じた」「今はこう見える」「じゃあ何が違うんだろう?」
と考えていくことで
今すぐ答えが出なくても、
いつか何か発見につながるかもしれないから。
そう思うと
10年前に「水にオーラはない」と結論ださないで良かった
もし10年前、
「見えなかったから、水にオーラなんてない」
と決めつけていたら、
今日の発見はなかった。
だから私は、
結論付けてそれで終わりにしないって大事だな、
と思いました。
時間が経つことで見えるものもある。
感覚が変わることもある。
検証方法が間違っていることもある。
そう考えると、決めつけないで自分で検証していくって大切だなって思う。
そして他の誰がなんて言おうと
自分の見え方をちゃんと受け止めたほうがいいと思った。
観察者である私という存在はいろんな視点を持っている。
だから必ずこうだとは言い切れない。
見たものをそのまま受け止めて、
なぜそう見えたのかを検証していくでも、ほっておくでもいい。
ただ否定しないことが大切なんだと感じました。
これからも、真剣に観察するけど、
後で再度検証してみたら違ったということが出てくると思う。
でも、それはそれでいいのかなっと。
大事なのはなんで前回と今回で違ってしまったのか、
そしてそれを楽しみながら解明できたら良いのかな・・・なんて考えています。

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