top of page


パワースポット 諏訪大社本宮・前宮第3話
諏訪大社前宮、頭がパッカーンした。 諏訪大社の本宮を後にして 次に向かったのが前宮。 ちなみに諏訪大社は あと秋宮、春宮があって、4つの諏訪大社を巡るといいらしいです。 人物をAIに消してもらったら、ところどころ変になってしまった。 今回の前宮は私が一番行きたかったところ。 前宮の鳥居の前の道路から エネルギーが細かいのがわかります 鳥居から拝殿まで、200~300mと 結構距離があります。 ゆっくり拝殿に向かって歩いていくと …… くるくるくるくる。 頭に来る。 だんだん強くなってきている! なんというか、 頭の中が、 パッカーーーーン。 って開く感じ。 本宮に行った後だから チャクラのバランスも エネルギー的にも 満たされてきているはずなのに、 さらにエネルギーが来た。 「これ、いきなりここに来てたら、 どうなってたんだろう……」 と思った。 いや、本気で 「心臓発作起きてたんじゃない?」 くらいの勢い(笑)。 本宮→前宮の順番でよかった。 私はそう思いました。 本宮でまず身体を慣らしてから 前宮でよかったのかも。 そして私たちはさらに奥へ
9月29日読了時間: 2分


パワースポット 諏訪大社 本宮・前宮第2話
前回の続きです 今回行ったのは、 諏訪大社の本宮と前宮。 まずは本宮。 いやぁ…… 歴史を感じる。 威厳もある感じがする。 いろいろ見て回っている中で、 私が個人的に一番「おっ」と感じたのが、 本社そのものよりも、 その横にあった勅願殿。 なんというか…… こっちの方がエネルギーを感じやすい。 「あれ? 私こっちの方が好きだな」 って。 相性なのかなぁ? と思って案内を見てみたら、 勅願殿は ご神体の守屋山の方を向いている とのこと。 なるほど。 私はこういう、 「山とか自然とか、そっちから来るもの」 に反応しやすいのかもしれない。 さらに後からGeminiに聞いてみたら、 本宮の現在の参拝所は昔に 90度向きが返られたものらしい。 そう考えると、 私が勅願殿の方に惹かれたのって、 単純に「建物が好き」とかじゃなくて、 自然のエネルギーだったからかも。 私はどうも、 人が長年積み重ねてきた「祈り」のエネルギーより、 山とか大地とか、 自然のエネルギーの方が、 惹かれやすいし、体に入りやすい。 そんな自分の性質が、今回す
9月28日読了時間: 2分


「宇宙人より柿派」が多かった件
もうオープンコンタクト始まってるじゃん! 朝Yahoo!ニュースを見ていたら、 「イラン上空にUFOが飛行」 というニュースが出てきた。 画像はイメージです ……ん? UFO? イラン上空? ちょっと待って。 「えぇーーー!! もうオープンコンタクト 始まってるじゃん!!」 思わずひとりでツッコんだ。 だって、スピオタにとっては 一大イベントだよ! それがもうなんて、早くない? 年末くらいじゃなかった? もう来たの?! 宇宙、前倒しした? そんなことを思いながら、 そのままマンションの委員会へ。 そして委員会の前の雑談タイム 私はちょっと期待していた。 「ねぇねぇ、UFOのニュース見た?」 とか、 「イラン上空にUFOって何だろうね!」 とか。 ……あるかな? ……あるよね? だってYahoo!ニュースに出てたんだよ? ところが。 誰も言わない。 ……。 …………。 ………………。 え? 誰も気にならないの? いや、知ってるけど興味ないの? それとも私だけ? 私の中では、 「ついに 宇宙規模のイベントが 始まった!!」 くらいの話なのに、
9月27日読了時間: 3分


パワースポット 諏訪大社本宮・前宮 第1話
諏訪SAですでに振動していた話 長野県の諏訪の方に行ってきました! 私の記憶では、人生初の諏訪。 今回の目的は、 お義父さんとお義母さんが 大好きな八ヶ岳周辺を巡りました! みんなで 「諏訪大社のパワー、楽しみだね」 なんて話してたんです。 ところが。 諏訪SAに着いた瞬間。 「あれ?」 なんか…… 身体が振動してる。 足元から細かくブルブルくる。 手先もピリピリする。 え? ちょっと待って。 まだ観光始まってないんだけど。 フライングだって! 心の準備ができてないよ! しかも、 いきなりパワースポットの クライマックスレベルの振動じゃない?! 私の場合、パワーを身体で 感じたりするんだけど、 今回はもう、 足から振動。 手先ピリピリ。 身体全体が、 「ブルブルブルブル……」 って細かく震えてた。 なにこれー。 すごすぎない? もうさ、 この時点で、 「これで帰ってもご利益ありそう」 って思ったよね(笑)。 だってまだ諏訪PAですよ。 サービスエリアですよ。 ここでこんなに来るならもう十分じゃない? っていうか、ここで最高潮で 楽しみにしていた大
9月25日読了時間: 2分


オーラ視からはじまった ワンネスの旅 第3話
第1話、第2話の続きです。 第2話では、 「オーラをもっと見たい」と言う気持ちから いつの間にか、 地球環境に取り組んでいたことを書きました。 実際に、自分の体と地球にやさしいことを 意識するようになってから、 オーラ視の感度は上がった。 オーラが見え始めるまで 時間はかかるけどね もちろん、 「これをしたら突然、全部見えるようになりました!」 という話ではない。 そんなに都合よくはいかない。(笑) でも、以前よりも微妙なものを 感じ取れるようになった。 以前は見えなかったものが、 「……あれ?」 と、うっすら見える。 例えば守護霊と思われる存在の輪郭が 見えることもある。 ヒーリングもそう。 以前ならもっと時間がかかってたことが 早く回復できるようになった。 私の中では、 食事を変えたこと。 体を整えること。 瞑想すること。 自然に触れること。 畑をやること。 全部は「オーラをもっとみたい」 そんな欲から始まり、 そしてそれが 「自分も地球の一部なんだ。」 という感覚に繋がっていった。 自分の体を大切にすること。 地球とのつながりに気づくこと。
9月18日読了時間: 2分


オーラ視から始まったワンネスの旅 第2話
前回(オーラ視から… 第1話)の続きです。 前回、オーラ視を追及する中で、 自分の体の一部なんだと実感するようになったことを書きました。 「自分の体は地球の一部。」 書いてみてあらためてみると 「そりゃそうでしょ。」 と思った。 でも頭ではわかっていても、 実はすっかり忘れていることが多い。 たとえば昔は、 石油系のシャンプーや洗剤など 環境に負荷がかかるものを使っていた でも、いろいろ考えていくうちに、 「あれ?」 と思った。 自分の体も地球からできている。 地球にやさしくないものは 体にも優しくない。 なんで 優しくないものを使っているんだろう? ……なんか、おかしくない? そう思うようになった。 前にも書いたけれど、 オーラを見るということは、 結局、 肉体で受け取ったエネルギーを、 何らかの形で「見えるもの」として 認識しているんじゃないか と私は思っている。 だとしたら、 「もっとオーラを見たい!」 と思ったら、 まず自分の体の感覚を 大切にしないといけない。 だから、自然と、 「体のコンディションを整えたい。」 と思うようになった。
9月15日読了時間: 2分


オーラ視から始まった、ワンネスへの旅 第1話
最初は、本当に単純だった。 「オーラ、見てみたい。」 ただ、それだけ。 それで練習していたら、だんだん見えるようになってきた。 すると人間というのは不思議なもので、 「見えた!やった!」 では終わらない。 今度は、 「……なんでこう見えるんだろう?」 となる。 そして、 「もっと見たい。」 になる。 さらに、 「もっといろんなもの見てみたい。」 になる。 欲がでる。 オーラを見る練習をしていたはずなのに、いつの間にか私の中に、も 「もっと知りたい欲」 が誕生していた。 スピリチュアルな本を読んでいると、 「食べすぎないほうがいい」 とか、 「自然なものを食べたほうがいい」 とか、 「無農薬の野菜がいい」 なんてことが書いてある。 そこで私は思った。 「なるほど。」 そして、やってみる。 だって、もっと見たいから。 もっと自分の感覚を研ぎ澄ませたい。 それに、 「どうせなら、もっと良いエネルギーを家族にも送れるようになりたい。」 そんな気持ちも出てくる。 そして、さらに欲が出る。 「もっと不思議なものも見てみたい。」 「眷属って見えるのかな?」 「
9月14日読了時間: 2分


一日一食を継続中(1年半)タンパク質は煮干し5~6匹と納豆1パックで大丈夫?
気がつけば、ゆるめ一日一食を始めて、 もう1年半くらいになる。 お昼にお味噌汁を飲むのと、 朝MCTオイル大匙1とりますので、 ゆるめの一日一食です。 一日一食を初めて無農薬野菜に変えて そして段階的に肉をやめた。 魚もだんだん減っていった。 そして現在。 私が食べる動物性のものは…… 味噌汁の出汁に使った 煮干し、5〜6匹くらい あと、卵を週に2,3個ぐらい。 以上 ……いや、待って。 改めて書くと、少なくない?(笑) そして植物性のたんぱく質としては 納豆を1パックくらい。 つまり、 煮干し5〜6匹+納豆1パック。 「これでタンパク質足りるんか?」 という疑問が浮かんできた。 私の中の栄養状態 一日一食を始めた頃は、 「食べる量が少なくても、 体が慣れれば大丈夫なのかな」 くらいに思っていた。 でも、肉も魚もほとんど食べなくなると さすがにちょっと心配になる。 たんぱく質は? 鉄は? その他の栄養素は? そもそも、 私、ちゃんと栄養足りてる? 体は普通に動いている。 畑仕事もする。 自転車にも乗る。 激しい運動もする。 特に具合が悪いわけでも
9月11日読了時間: 4分


夢中になっている時のオーラ
私の夫は、手先が器用だ。 そして、細かい所まで滅茶苦茶こだわる 「そこ、そんなに気になる!?」 というくらい、細部が気になるタイプ。 でもそのこだわりのおかげで、 夫が作るものはかなり完成度が高い。 人ってこんな細かいもの作れるんだ…と、 横で見て私はたびたび感心している。 最近の夫は、フラーレンを作ったり、 テンソルリングという、 銅線をねじって 輪っかにしたものを作ったり、 とにかく「作る」ことに夢中。 そんな時 「この“夢中になっている状態”って、 オーラではどうなってるんだろう?」 と思って、夫をオーラ視してみた。 ちなみに、 「オーラ視」と聞くと、 なんだか目を開けた瞬間に、 「はい!見えました!」 みたいな感じを想像するかもしれないけれど、 私はそんなに簡単には見えない。 集中力もいるし、見えるようになるまで 少し時間がかかる。 その日も最初は 黄色の層しか見えなかった。 そこからじーっと見ていると、 10分くらい経った頃、 だんだん紫色の層が出てきた。 紫色のオーロラの光が一面に広がりますが、私の画力ではうまく表現できませんでした。
9月10日読了時間: 4分


七澤賢治さんの書をオーラ視してみた。「言霊」編。
七澤賢治さんの『講話選集』にある書を 1冊目、2冊目、 とオーラ視してきました。 っということで3冊目です。 今回はちゃんと読めました! 書かれている文字は「言霊」 こちらの書を見ていると、 パッと見、白く見えるんだけど、 じっと観察していると、 やっぱり白っぽい紫色と ベージュっぽい感じがある。 左がオーラ視前で、右がオーラ視したものです。書自体は七澤賢治さんの書を参考に自分で書いたものです。ぜひ、本で実物をご覧ください。 画像で言うと ①のところが白っぽい紫色で ②のところがベージュ色 っぽく見えました。 ただ、自分の状態のせいなのか、 書のエネルギーが変化するからか、 見る時によっても 少し変わってしまっています。 なので、断定はできません。 そして、③のところは一段と 光が強く見えました。 そして面白いなぁっと思ったことは これは印刷物なんですよね。 目の前にあるのは、 その場で本人が書いた書道ではない。 なのに、 オーラ視すると、 何かを感じる。 「え、 印刷されたものでも出るんだ?」 と思いました。 これ、 個人的には結構衝撃でした。
9月3日読了時間: 2分


「文字もエネルギーだから動くよね」と受け入れた自分に引いた件 鎮魂編
前回、 七澤賢治さんの『講話選集』に 載っている書をオーラ視してみた、 という話を書きました。 1冊目の書は、 ものすごいエネルギーが ぐるぐる渦巻いていた。 「無」なのかな? と思ったけれど、 達筆すぎて確信はない(笑)。 オーラがわかっても字がわからん。 ただ、 ものすごいエネルギーだった。 そして今回は、 2冊目、やっぱり読めない(笑) 達筆すぎる😭 誰か読める人がいたら、 コメント欄で教えてください😊 お願いします この書、 なぜか青い枠で囲まれているんです。 私はそれを見ながら、 しばらくじーっとオーラ視していました。 左が通常の見え方。右がオーラ視した見え方です。微妙に字の周りに光が見えます。*字は実際のを参考にしながら自分で書いたものです。実際の作品とはことなります。本物の作品はぜひ本でご覧ください。 パッと見、白い光なんだけど、 よーく見ると薄紫に近い白と、 クリーム色に近い白がある。 10分ぐらい観察していたら・・・ すると…… あれ? なんか、 浮いてる? 書そのものが、 ちょっと浮いているように感じる。 しかも、 ただ浮
9月1日読了時間: 3分


七澤賢治さんの書が達筆すぎて読めないけど、オーラがすごかった件 「無」編
最近、 伯家神道の継承者、七澤賢治さんの 『講話選集 祓い』 『講話選集 鎮魂』 『講話選集 言霊』 を読んでいます。 ……読んでいます。 一応(笑) いや、だって難しいんですよ。 ものすごく難しい。 ちょっと読んでは、 「なるほど……」 となり、 もうちょっと読んで、 「……なるほど?」 となり、 気がついたら寝てる。 ( ̄▽ ̄) そんな感じです。 でもね。 ところどころ、 「あぁ、そういうことなのか!」 と妙に納得するところがある。 だから、 また読んでまうのよね。 で、この本の最初のページに、 書が載っているんです。 これがね、面白い。 3冊とも、書が全然違うんです。 そして今日は、 その1冊目。 ……まず、 なんて書いてあるのかわからない(笑) 「無」なのかな? たぶん「無」……? いや、 自信ない。 達筆すぎる。 私の知的レベルでは 理解できませんでした。 でも オーラ視してみると、書そのものから ものすごいエネルギーを感じる。 オーラ視してみると、 こんな感じです。 ※掲載している書は、実際の作品を参考にイメージして描いたものです。実
8月31日読了時間: 3分


「第六チャクラも夏休みに入ってたんかい!」っとツッコみたくなった話
これ、世のお母さんたちに聞きたいんだけど…… 夏休みって、 なんでこんなに忙しいの!?😂 朝 「今日のお昼何食べる?」 昼 「おやつある?」 (↑ひどい時は2回もある) 夜 「今日のご飯なに?」 ……。 いや、私、ずっと台所にいない!?🤣 私、夕食しか食べないのに・・・。 そこに加えて、 畑。 夏の畑ってね、 ものすごいんですよ。 「ちょっと久しぶりに行こうかな〜」 なんて呑気なことを言っていると、 収穫物が、 \ドーーーン!!/ 雑草が、 \モッサァァァァ!!/ となっている😂 夏の畑、生命力が強すぎる。 こちらが一週間休んでいる間に、 「ここどこ?」 ぐらいの勢いで景色が変わってる🤣 しかも、 週2日ぐらい行かないと、 雑草たちが 「この土地、私たちのものですけど?」 みたいな顔をし始める。 さらにPTA。 はい。 もう一度言います。 夏休み+三食+おやつ+畑+PTA …… 私、いつ一人になるの!?😂😂😂 という生活を送っておりました。 そして今週。 ようやく…… ようやくですよ!! 一人になる時間が取れるように。 「はぁ〜〜〜
8月28日読了時間: 3分


私が感じた世界の分岐 最終話|情報が増えるほど、人は違う世界を見るようになった
この記事は、「世界が少しずつ分岐しているのではないか」と私が感じるようになった原点ともいえる、2016年秋分からの体験を振り返るシリーズです。2016年秋分、私たち家族は不思議な体験をしました。その記録の第1、2,3,4,5,6,7,8,9,10話(クリックすると各話に飛びます)とありますので、良ければよっていってください。 そして2016年以降に体験した 世界の分岐とも言えるような体験を10,11,12話で書いています。 前回、「同じ日本語を話しているのに、 話がかみ合わない」ことが増えた、 という話を書きました。 最初は価値観の違いだと思っていました でも時間が経つにつれて、 もう一つ大きな理由があるように 感じるようになりました。 それは 「人が受け取る情報そのものが、 大きく変わった」ということです。 私が子どもの頃はテレビを見ている人がほとんどでした。 学校へ行けば、 「昨日あの番組見た?」 そんな会話が自然と成り立っていました みんなが同じニュースを見て、 同じドラマを見て、 同じ話題を共有していました。 もちろん考え方の違いは
8月24日読了時間: 3分


霊光のストロボフラッシュを喰らった。白い光が強すぎた件 後編
頭の上に白い光が見えるのはなぜ?第七チャクラ・宇宙エネルギーとの関係 前回強い白い光の体験談を書きました。 (霊光のストロボフラッシュをくらった) ネットで調べてみると 「目を閉じて瞑想していたら、頭の上に白い光が見えた」 と書いている人もチラホラいます。 スピリチュアルの世界では、 この「頭頂の白い光」を第七チャクラと 結びつけて説明することがあります。 第七チャクラは 高次の意識とのつながりを 象徴する場所として説明されています。 だからスピリチュアルな説明では、 「頭上に白い光が見える」 ↓ 「第七チャクラが活性化している」 ↓ 「宇宙エネルギーを受け取っている」 「ハイヤーセルフとのつながりが 強くなっている」 などと言われています。 実際レイキの伝授を受けたときにも、 頭の上に蛍光灯ぐらい明るい白い光を 感じたことがあります。 (関連記事:レイキを受けた体験談②) なので、白い光は宇宙エネルギーや ハイヤーセルフの1つの見え方だと 思います。 (宇宙エネルギーに関しては 紫色の光もみえるので、 白い光だけというわけではなさそう) 前回書
8月21日読了時間: 2分


霊光のストロボフラッシュをまともに喰らった。白い光が強すぎた件 前編
頭の上に白い光が見える!?瞑想中に起きた、ちょっと不思議な体験 以前、「頭上にある白い光」で、 「瞑想をしていると頭の上に 白い光が見たことがある」 という話を少し書いたことがあります。 私自身、白い光を頭の上に見たのは これまでに2回だけです。 ひとつはレイキの伝授のとき。 (関連記事:レイキのアチューメントを受けた時の体験談②) もうひとつは、今回お話しする瞑想のとき。 その時は家族みんなで 昼間に瞑想をしました。 その日は家族全員が家にいて、 ふと私は、 「お昼の時間帯にも、 瞑想に適した時間があるんだよ」 という話をしたんです。 ヨーガやインドの伝統では、 日の出や正午などを「サンディヤ」といい、 瞑想などを行う時間としています。 正午の時間帯は「マディヤーンハ・サンディヤ」と呼ばれます。 私は 「12時に向かって瞑想してみると、 なんだかエネルギーの密度が濃くなって、 12時を過ぎるとピタッと変わる感じがする」 と家族に話したんです で、 「じゃあ、みんなでやってみようよ!」 ということになりました。 家族みんなで瞑想開始。 そして――
8月18日読了時間: 3分


私が感じた世界の分岐 第12話|「同じ日本語なのに伝わらない」と感じるようになった
この記事は、「世界が少しずつ分岐しているのではないか」と私が感じるようになった原点ともいえる、2016年秋分からの体験を振り返るシリーズです。2016年秋分、私たち家族は不思議な体験をしました。その記録の第1、2,3,4,5,6,7,8,9、10 話(クリックすると各話に飛びます)とありますので、良ければよっていってください。 そして2016年以降に体験した 世界の分岐とも言えるような体験を10,11話で書いています。 アセンションとも言える体験を重ねる中で 私は「どんなエネルギーを選ぶのか」を 以前より意識するようになりました。 そして変わったのは体だけでなく、 少しずつ、人との関わり方にも 変化が現れ始めたのです。 私は以前、カウンセラーでした。 もともと、相手にとても影響を 受けやすいタイプでした。 目の前の人が悲しんでいれば、 自分まで悲しくなる。 怒っている人がいれば、 その感情がこちらにも伝わってくる。 良く言えば共感力が高いけど、 相手に飲み込まれることもしばしば・・・。 ところが2016年から少しずつ変ったのです 悲しい話を聞いて
8月17日読了時間: 3分


私が感じた世界の分岐 第11話|2016年秋分の後、私の身体と意識に起きた変化
この記事は、「世界が少しずつ分岐しているのではないか」と私が感じるようになった原点ともいえる、2016年秋分からの体験を振り返るシリーズです。2016年秋分、私たち家族は不思議な体験をしました。その記録の第1、2,3,4,5,6,7,8,9、10 話(クリックすると各話に飛びます)とありますので、良ければよっていってください。 2016年の秋分を境に、 私の中で何かが大きく変わったように 感じていました。 前回はその翌日に父からかかってきた 一本の電話について書きました。 今回はその後続いた体の変化について 振り返ってみたいと思います。 当時の私は、「アセンション」という言葉は知っていても、ほとんど何も理解していませんでした。 本を読んでいたわけでもないし、 詳しい知識はありませんでした。 ただ自分の体に変化が起きていることだけはわかりました。 秋分を過ぎてから、冬至、春分、夏至、そして次の秋分。 さらに満月や新月が近づくたびに、不思議なことが起こるようになりました。 決まって頭のてっぺん、第七チャクラと呼ばれるあたりから、何かが入ってくるような
8月12日読了時間: 3分


初めてこのブログを訪れてくださった方へ
はじめまして。 このブログでは、 私自身が観察した「オーラ」や「丹光(目を閉じたときに見える光)」について記録しています。 私はヒーラーとして活動していますが このブログでは「教える」というより 一人の観察者として 自分が実際に見たことや 感じたことを書き残しています。 オーラ視の練習を続ける中で、 「今日はこんなふうに見えた」 「以前とは違う見え方をした」 「なぜ今日はこう見えるのだろう」 そんな疑問を一つずつ観察し、 自分なりに考えながら記録しています。 このブログを書き始めた理由 オーラについて調べると、 ネット上で沢山記事があります。 しかし、 「実際のオーラの見え方を 画像にしてみた」 「練習を続けると 見え方はどう変化するのか」 「毎日の観察では何が違うのか」 という継続的な観察記録は、 それほど多くありませんでした。 それなら自分自身の体験を 記録として残してみよう。 そう思ったことが、 このブログを始めたきっかけです。 このブログで扱っていること 丹光 目を閉じたときに見える光を観察しています。 紫色の光が ぼんやり広
8月11日読了時間: 3分


私が感じた世界の分岐 第10話|父からの「今までありがとうな」
この記事は、「世界が少しずつ分岐しているのではないか」と私が感じるようになった原点ともいえる、2016年秋分からの体験を振り返るシリーズです。2016年秋分、私たち家族は不思議な体験をしました。その記録の第1、2,3,4,5,6,7,8,9話(クリックすると各話に飛びます)とありますので、良ければよっていってください。 2016年の秋分が過ぎた翌日。 父から一本の電話がありました。 内容は普通の近況報告でした。 でも電話を切る直前、父は突然 「今までありがとうな」 といったのです。 一瞬、耳を疑いました。 「ありがとう。」なら分かります。 でも「今までありがとうな」は、 まるで別れの言葉のように 聞こえたのです。 その瞬間なんとなく、 「これから父とは違う方向へ 進んでいくのかもしれない。」 そんな感覚が心の奥に浮かびました。 当時はその意味が分かりませんでした そして、その約2か月後。 父は病気が見つかり、 その年の12月に亡くなりました。 あまりにも突然のお別れでした。 当時は受け入れることが できませんでした。 でも10年経った今振り返ると
8月10日読了時間: 2分
ブログ
bottom of page