金色のグリッド状の模様と紫色の光の見え方の変化-10年前と比較-【画像あり】
- 東雲
- 6月5日
- 読了時間: 3分
更新日:6月15日
最近ふと思うことがあります。
それは、
「オーラって、人によって見え方が違うのかもしれないな」
ということ。
なぜそう思ったかというと、
前回の記事で書いたように、
同じ私なのに見えるものが変わってきたからです。
以前は金色の網状模様が見えてから紫色の光が見えていました。


でも今は、その順番が違います。
紫色の光の方が直に現れます
同じ私。
同じ鏡。
同じように見ているつもり。
それなのに見え方は変わる。
だったら他の人と見え方が違っていても不思議じゃないと思うんです。
オーラの世界には、
「この色はこういう意味」
「第一層はこの色」
そんな説明がたくさんあります。
オーラの第一層は緑や青など、比較的物理的な身体に近い部分については、多くの人が似たような見え方をしているのかもしれません。
そういう意味では、ある程度の共通性はあるのだと思います。
でも私は最近、それだけではない気がしているんです。
むしろ、身体から離れた繊細な領域になればなるほど、観察者自身の価値観や思考、精神性、魂の個性のようなものが反映されるのではないかと思うようになりました。
つまり、オーラは客観的な物差しというよりも、主観的な物差しなのではないかということです。
同じ夕焼けを見ても、綺麗だと思う人もいれば、懐かしいと思う人もいる。
同じ音楽を聴いても、感動する人もいれば何も感じない人もいる。
どちらが正しいとか間違っているとかではなく、
その人が感じたものがその人にとっての真実なんですよね。
オーラもそれに近いのかもしれません。
例えば、ある人には紫色のオーラとして見えるものが、別の人には赤色として見える。
そんなことがあっても不思議ではない気がするんです。
見ている対象は同じでも、それを受け取るフィルターが違うから。
そのフィルターには、その人の人生経験や価値観、感性、精神性、魂の個性が映し出されているのかもしれません。
実際、私は10年前と今とではオーラの見え方が変わりました。きっとこの10年の間に、私自身の価値観や意識、ものごとの捉え方といった主観的な部分が変化してきたからなのではないかと思うんです。
もしかしたら、オーラの見え方にもその人自身の内面(経験・思考・霊的なもの)が反映されるのかもっと思っています。
なので絶対的な正解を探すよりも、
なんで見え方が違うのか、それを振り返ることが大切なのかなっと思いました。


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