瞑想で宇宙に集中したいのに、メタセコイヤが強すぎた件
- 東雲
- 7月6日
- 読了時間: 2分
朝日を浴びながら瞑想するのが最近の楽しみ。
その日も「今日はちょっと場所を変えてみようかな」
そんな軽い気持ちで、いつもと違う場所にシートを敷いた。
目を閉じた瞬間だった。
「あれ?」
ピリピリ…というか、細かくて少し刺激のあるエネルギーが体に入ってくる
いつもの日の出の繊細で上に開ける感覚とはまるで違う。
どこから来てるんだろう?
そう思って意識を向けた先にいたのが、一本の木。
しかも、ただの木じゃなかった。
メタセコイヤ
「おまえか!!」
って思わず心の中でツッコんだ(笑)。

セコイヤって、昔バシャールも「特別な木」だと言っていた記憶があったので、Geminiに聞いてみた。
すると、こんな内容が返ってきた。
・セコイアは地球の記憶を保存する"生きた図書館"のような存在
・宇宙エネルギーを受け取る巨大なアンテナであり、森そのものがボルテックスになる
・近くで瞑想すると、人の意識が拡大し、ハイヤーセルフとのつながりが深まりやすい
……だそう。
うん。
それ、めちゃくちゃ納得
実際、本当に強い
ものすごく存在感がある。
存在感がありすぎて反対に困った
私は日の出の時間に瞑想すると、自分の内側の振動や呼吸、大地からゆっくりエネルギーがせり上がってくる感覚を味わうのが好きなんだけど、メタセコイヤからくるエネルギーが強すぎて気が散ってしまう
意識を大地と太陽へ向けようとしても、
木のエネルギーへ引っ張られてしまう
単にエネルギーワークをするなら、きっと最高の場所なんだと思う。
でも私が感じたいのは日の出と一緒に静かに立ち上がってくる、自分の内側や宇宙との一体感
そうでないと日の出前に外に出て瞑想をする意味がない
そう考えると、
メタセコイヤを選ぶ日と、何もない場所を選ぶ日。
その使い分けがあってもいいのかもしれない。
うーん、それとも続けていたら、この圧倒的なエネルギーにも慣れて、両方を同時に感じられるようになるのかな。
それとも、その日の目的によって場所を変えるのがベストなのかな。
まだなんとも言えないです
でも、こうやって自分の感覚を観察していく時間が、私はすごく好き。
誰かが「ここがパワースポットだよ」と言うからではなく、
自分の体が何を感じているのか、それを大切にしていきたい
みなさんも、もしメタセコイヤの近くで瞑想する機会があったら、どんな違いを感じるのか、ぜひ教えてください。


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