なぜ日の出に瞑想をするといいのか|実際にやってみて気づいたこと
- 東雲
- 6月1日
- 読了時間: 4分
私は最近、日の出前に森へ行って瞑想をしている。
きっかけは、「日の出前90分から日の出までが瞑想のゴールデンタイム」と言われていることを知ったからだ。
本当にそんな特別な時間なのだろうか。
そう思って、まずは自宅の部屋で日の出前の瞑想を始めてみた。
すると不思議なことに、日の出が近づくにつれて体が細かく振動するような感覚が現れた。
もちろん、本当に体が震えているのかどうかは分からない。
けれど、それまでの瞑想では感じたことのない感覚だった。
そこで「日の出と関係してるなら、日の出が見られるベランダで瞑想してたらもっとすごいんじゃない?」と思って、ベランダでするように。
すると、部屋の中にいる時よりも、その感覚がずっと強く感じられた。
「それなら近くの森でやったらどうなるんだろう?」
そう思って、今度は森へ行ってみた。

すると、さらに不思議な体験をするようになった。
体だけが振動しているのではなく、森全体が細やかに振動しているように感じられた
木々も、大地も、空気も、すべてがひとつのリズムで呼吸しているような感覚。
そして私は、その中に溶け込んでいるような一体感を感じた。
それ以来、私は日の出前になると森へ向かうようになった。
ただ、真冬だけは別だ。
12月下旬から2月頃までは日の出前の冷え込みが厳しい。
じっと座って瞑想を続けるには危険を感じるほどの寒さになることもある。
そのため、その時期は無理をせず、森での瞑想は休んでいる。
それ以外の季節には、できるだけ森へ足を運ぶようにしている。
だいたい瞑想をはじめるのは日の出30分前くらいから。
ただ最初から体が振動しているわけではない
瞑想を始めて最初10分くらいは、意外にも心は静かにならない。
次々と考えが浮かんでくる。
ただ、それは普段の雑念とは少し違う。
過去の出来事を思い出したり、未来のことを考えたりするというより、
まるで夢を見ているような映像や物語が自然に流れてくる感覚だ。
その状態がしばらく続く。
ところが、日の出20分前くらいになると、空気が変わる。
私の場合、その頃から体が細かく振動しているように感じ始める。
もちろん、本当に振動しているのかどうかは分からない。
けれど、確かに何かが変化したような感覚がある。
不思議なのは、その振動が体だけではなく、
大地にも広がっているように感じられることだ。
そして、その頃から鳥たちが鳴き始める。
最初はぽつりぽつりと。
静かな森の中に、小さな声が響く。
それが日の出10分前くらいになると、一気ににぎやかになる。
まるで鳥たちが朝の訪れを祝福しているかのように、それぞれの声で歌い始めるのだ。
私はその音を聞きながら瞑想を続ける。
すると、ときどき体が軽くなり、上へ引き上げられていくような感覚を体験することがある。
実際に体が浮いているわけではない。
けれど、意識だけがふわりと持ち上がり、どこか別の場所へ移動しているような感覚になる。
そこには、とても静かな幸福感がある。
強い喜びでも興奮でもない。
ただ穏やかで満足している感覚だ。
しかし、その状態は長くは続かない。
日の出とともに、私は再び体の感覚へと戻ってくる。
まるで朝の光が、「そろそろ帰る時間ですよ」と知らせてくれてるみたいに。
もちろん、毎回同じ体験をするわけではない。
もっといえば、起きられない日もあるし、雨の日は森へ行かないこともある。
けれどそんな日は後になって違いが分かる。
朝の瞑想ができなかった日は、その日一日の心の状態がどこか落ち着かない。
何か嫌なことがあったわけではないのに、心が少しざわついている。
気持ちが定まらず、なんとなく曇り空の下を歩いているような感覚になる。
そして一日の終わりに振り返ると、
「今日は心の中が曇っていたな」
と思うことが少なくない。
反対に、朝の瞑想であの静かな幸福感に触れられた日は、一日の景色そのものが違って見える。
例えば、晴れた空を見上げた時。
風に吹かれて木々がざわざわと揺れる音を聞いた時。
そんな何気ない瞬間に、ふいに幸せを感じる。
世界が少し明るく、少し輝いて見えるのだ。
特別な出来事が起きるわけではない。
それでも心の奥に穏やかな余白が生まれ、小さな喜びを自然に受け取れるようになる。
だから私は、日の出前の森へ向かう。
あの静かな幸福感の中で一日を始めるために☀

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