物にもオーラはある?|毎日触れる物に“人の色”が移っていた話
- 東雲
- 5月11日
- 読了時間: 4分
植物のオーラを観察している中で、少しずつ分かってきたことがあります。
それは、
「物にもオーラがある」
ということです。
最初は私も信じられませんでした。
オーラというのは、
人
動物
植物
など、“生きているもの”だけが発していると思っていたから。
でも、観察を続けていくうちに、その考えは変わっていきました。
最初に気づいたのは、普段あまり使っていない物でした。
例えば、小さなカップ。
じっと見ていると、周囲1〜2cmくらいの場所に、
白っぽい光のようなものが見えることがあります。
最初は目の錯覚かなと思いました。
でも、何度見ても同じように見える。
しかも、小さい物だけではありません。
ソファーのような大きな家具になると、その周囲5cmくらいまで、ふわっとした白い光が広がって見えることがあります。
大きい物ほど、オーラの範囲も広いように感じるんです。
でも、“人がよく使う物”は色が変わる
さらに不思議なのはここからです。
人が頻繁に触る物になると、白いオーラではなく、“その人の色”が乗ることがあります。
特に分かりやすかったのが、襖の取っ手でした。
我が家では、家族の第一層オーラが青緑色っぽく見えることが多いのですが、
毎日触っている襖の取っ手も、同じような青緑色に見える。

反対にそんなに触っていない襖の木枠の部分はくっきりとした白。
色も違うし、光の輪郭・境目がぼんやりとしてるか、
くっきりとしているかも違います。
最初に見た時は驚きました。
「え? これ、人のオーラが移ってる?」
もちろん科学的な証明はできません。
でも、自分の中では、
“人が繰り返し触れることで、その人のエネルギーが物に残る”
という感覚が、かなり自然に感じられたんです。
昔から「物に念が宿る」と言われる理由
昔から、
長く使った物には念が宿る
持ち主の気が移る
古い物にはエネルギーが残る
と言われることがあります。
私もそうだろうなっと思います。
例えば、
毎日使うバッグ
長年使ったアクセサリー
愛着のある家具
には、その人特有の雰囲気のようなものが残ります。
なので、リサイクルショップに行くと、
実際に人は少なくとも、人ごみにいるような感覚におちいります。
でも、どうしても見えないものがある
ここで一つ疑問。
「なんで背景の襖の白い部分はオーラが光って見えないの?」
私は物のオーラを見る時、白い背景の方が色が見やすいから
”白い壁紙”を使っています。
でも、なぜかその壁紙自体のオーラは見えません。
襖の木枠のオーラは見えるのに、壁自体は見えない。
背景になっている白い壁紙は見えない。
しかも、壁紙そのものを見ようと集中すると、別のものが見えてしまうんです。
白い壁を見ようとすると、“丹光”や“アミアミ”が見える
壁紙をじっと見ようとすると、
丹光のような光
第七チャクラ付近で見えるアミアミした模様
が出てきます。
でも、“壁のオーラ”そのものは見えない。
「えぇー、なんでだろう」と思います。
オーラが物には見える。
でも背景には見えない。
なぜなんだろう?
脳が“背景”を消しているのかもしれない?
最近、自分なりに考えている仮説があります。
それは、
「脳が背景情報を消している」
という可能性です。
人間って、普段から無意識に多くのものを“見ないように”しています。
例えば、
メガネのフレーム
常に視界にある物
って、実際には見えているのに、脳が処理を省略していますよね。
だから、オーラ視をしている時も、
“背景として認識した壁”
を脳が自動的に除外している可能性があるのかな、と考えています。
それとも、別の視覚モードに切り替わっている?
もう一つ思うのは、
焦点を失った時に、“内側の視覚”に切り替わっている可能性です。
物のオーラを見る時は、対象があります。
でも、真っ白な壁だけを見ると、視線の焦点が定まりにくくなる。
その結果、
丹光
アミアミ模様
光の粒
など、“内的な視覚現象”が強くなるのかもしれません。
もちろん、これは今の私の仮説です。
まだ答えは分かりません。
分からないことがあるから、観察は面白い
オーラについて観察していると、
「見える」だけではなく、
「なぜ見えるのか?」「なぜ逆に見えないのか?」
という疑問がどんどん増えていきます。
でも私は、その“分からなさ”が面白いです。
私はせっかちだからすぐに結論付けて
あとでその結論や仮説と矛盾するような場面もあるけれど、
「あーかも、こーかも」と考えることは
宇宙の神秘を探っているようで楽しいです。
だからこれからも、
植物
物
空間
人
光
などを、少しずつ観察していこうと思っています。
また不思議な発見があったら、ブログに書いていきますね。


