願いに執着しないには?畑で気づいた引き寄せのコツ
- 東雲
- 6月24日
- 読了時間: 4分
昨日、
「願ったら忘れる。阿呆になるのが難しい」という記事を書きました。
引き寄せではよく
「願ったら手放す」
「結果に執着しない」
と言われます。
でも、それが本当に難しい。
願った瞬間から
「まだかな?」
「いつ叶うかな?」
と気になってしまうのです。
そして昨日の記事を書きながら、私は思いました。
「願ったことをすぐ忘れられるようになりたいな」
と。
翌日の今日、不思議なことが起きました。
朝起きても、なぜかいつもやりたいと思うスピリチュアル活動を(瞑想を除く)やりたいと思わなかったのです
オーラ視の練習。
チャネリング。
本を読むこと。
ブログを書くこと。
どれも好きなことなのに、なぜか気持ちが動きません。
私は普段、集中しやすい午前中にブログを書くことが多いです。
チャネリング状態に入りながら文章を書くのが好きだからです。
しかも心の中では、
「今のうちに記事を書きためておかなきゃ」
という声もありました。
子どもが夏休みに入ったら、今ほど自由に書けないかもしれない。
オーラ視だって練習して感覚を磨いておきたい。
そんな焦りの声が聞こえてきます
でも、
「今、本当にやりたい?」
と自分に聞くと、答えはゼロでした。
全然やりたくない。
その代わり、なぜか無性に外へ出かけたかったのです。
どこへ行きたいのかもわかりません。
とにかく外に行きたい。
そんな気持ちでした。
心の焦りは言います。
「いいの?」
「ブログ書かなくて大丈夫?」
「今が頑張りどころなんじゃないの?」
でもパソコンの前に座っても、心は何も反応しません。
むしろ
「今は書かない方がいい」
そんな感覚がありました。
そこで、自分に聞いてみました。
繁華街?
ショッピング?
カフェ?
自然?
すると自然にアンテナが反応しました。
さらに深く聞いていくと、
「畑に行きたい」
という答えが返ってきました。

今、畑を借りて野菜を育てています。
だから午前10時頃に畑へ向かったのです。
行ってみると、本当に楽しかった。
野菜たちは元気に育ち、実をつけています。
明日夫が来るので、今夜食べる分だけ収穫しました。
太陽の光を浴びながら土に触れ、野菜を眺める。
その充実感は何とも言えません。
「あー、楽しかった」
そう思いながら帰宅しました。
私はやっぱり、自然の恵みを味わう生活が好きです。
そして、そんな生活を楽しみながらスピリチュアルな活動もしていきたい。
改めてそう感じました。
帰宅後は、収穫した野菜の処理。
子どものおやつ作り。
気づけばバタバタと時間が過ぎていました。
そして、その時です。
ふと気づいたのです。
「あれ?」
「私、ホームページのこと忘れてる」
実は私は最近、
「ホームページがもう少しGoogle検索に出るようになったらいいな」
と願っていました。
そして、そのことに結構執着していたのです。
アクセス数はどうだろう。
検索順位はどうだろう。
もっと見てもらいたい。
そんなことを考えていました。
でも、今日は朝から畑へ行き、野菜を収穫し、家事をしているうちに、すっかり忘れていました。
そこで気づいたのです。
昨日、
「願ったら忘れられるようになりたい」
と願ったこと。
それが、もう叶っていたのです。
心の声に従って行動していたら、いつの間にか執着が外れていました。
そして今午後3時半、このことに気がつき、急にブログを書きたくなり書きました。
そしてもう一つ気づいたことがあります。
願って忘れる方法は、
無理に忘れようとすることではない。
楽しく生きること。
目の前のことに夢中になること。
やりたいことをやること。
自然と触れ合うこと。
忙しく、充実して過ごすこと。
そうしているうちに、願いは心の奥に預けられます。
そして気づけば、
「あ、忘れてた」
となるのです。
もしかすると、
阿呆になる方法とは、
忘れようと頑張ることではなく、
今を楽しむことなのかもしれません。


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