top of page


私が感じた世界の分岐 第10話|父からの「今までありがとうな」
この記事は、「世界が少しずつ分岐しているのではないか」と私が感じるようになった原点ともいえる、2016年秋分からの体験を振り返るシリーズです。2016年秋分、私たち家族は不思議な体験をしました。その記録の第1、2,3,4,5,6,7,8,9話(クリックすると各話に飛びます)とありますので、良ければよっていってください。 2016年の秋分が過ぎた翌日。 父から一本の電話がありました。 内容は普通の近況報告でした。 でも電話を切る直前、父は突然 「今までありがとうな」 といったのです。 一瞬、耳を疑いました。 「ありがとう。」なら分かります。 でも「今までありがとうな」は、 まるで別れの言葉のように 聞こえたのです。 その瞬間なんとなく、 「これから父とは違う方向へ 進んでいくのかもしれない。」 そんな感覚が心の奥に浮かびました。 当時はその意味が分かりませんでした そして、その約2か月後。 父は病気が見つかり、 その年の12月に亡くなりました。 あまりにも突然のお別れでした。 当時は受け入れることが できませんでした。 でも10年経った今振り返ると
8月10日読了時間: 2分


丹光とオーラ視は何が違う?私が長年観察して気づいた決定的な違い
前回の記事では、 第六チャクラ(上丹田)だけを 開くのではなく、 全身のエネルギーの流れを 整えることが大切だという、 私自身の体験を書きました。 今回は長年丹光を観察してきて感じている、一つの仮説についてお話ししたいと思います。 丹光を長く観察していると、 あることに気づきました。 それは、 丹光とオーラ視は見え方そのものが違う ということです。 以前はどちらも「エネルギーを見る」 という点で同じだと思っていました。 でも、一つだけ決定的な違いがあります オーラ視には「対象」が必要 オーラを見る時は必ず対象があります 人だったり、 植物だったり、 石だったり、 物だったり。 まず「これを見よう」という対象があって その周囲に見える光を観察します。 つまり、 物質が入り口になっているのです。 もちろんオーラを見る時も 力を入れて見るわけではありません。 ぼーっと力を抜いて見る。 そこは丹光とよく似ています。 丹光には対象がない 一方、丹光は違います。 丹光を見る時には、 見る対象がありません。 たまに見る年輪のような光の渦の丹光 むしろ何かを見よ
8月8日読了時間: 3分


丹光とは?目を閉じると見える光の正体を体験から考えてみた
丹光とは? 「目を閉じると光が見える」 そんな経験ありませんか? 紫色の光、白い光、幾何学模様、 オーロラのような揺らぐ光… 初めて体験すると、 「これって目の病気?」 と不安になったり、 逆に「綺麗!」と 興味が湧いたりするかも 今日は自分の体験をもとに 「丹光とは何なのか」を 考えてみたいと思います。 ※この記事は私自身の体験と考察です。 特定の宗教や流派の教えを 解説するものではありません。 丹光とは? 一般的に丹光とは 目を閉じたときに見える光のこと。 見え方は人それぞれです 紫色の光 白い光 幾何学模様 細かな粒々 オーロラのような光 円形の光 「みんな同じものが見える」 というわけではないようです 私も色々なタイプの丹光を見てますし、 よく見る紫色のボーっとした光だったり 年輪のような光の渦だったり 夫とは見える色が違います。 (関連記事:丹光の色は人によって違うの?) 私は紫色の粒々が見えますが、 夫は白い粒々が見えるそうです 夫婦なのに違うって面白い! 丹光は目を閉じた時だけ? 実は私は、「目を閉じた時だけ」とは 思っていません。
8月4日読了時間: 2分


ブログ
bottom of page