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丹光とオーラ視は何が違う?私が長年観察して気づいた決定的な違い

  • 東雲
  • 39 分前
  • 読了時間: 3分

前回の記事では、

第六チャクラ(上丹田)だけを

開くのではなく、

全身のエネルギーの流れを

整えることが大切だという、

私自身の体験を書きました。

今回は長年丹光を観察してきて感じている、一つの仮説についてお話ししたいと思います。


丹光を長く観察していると、

あることに気づきました。

それは、

丹光とオーラ視は見え方そのものが違う

ということです。

以前はどちらも「エネルギーを見る」

という点で同じだと思っていました。

でも、一つだけ決定的な違いがあります


オーラ視には「対象」が必要

オーラを見る時は必ず対象があります

人だったり、

植物だったり、

石だったり、

物だったり。

まず「これを見よう」という対象があって

その周囲に見える光を観察します。

つまり、

物質が入り口になっているのです。

もちろんオーラを見る時も

力を入れて見るわけではありません。

ぼーっと力を抜いて見る。

そこは丹光とよく似ています。


丹光には対象がない

一方、丹光は違います。

丹光を見る時には、

見る対象がありません。

たまに見る年輪のような光の渦の丹光
たまに見る年輪のような光の渦の丹光

むしろ何かを見ようとしている時には

見えないことが多いのです。

私の場合丹光が見えやすいのは、

ぼーっとしている時。

瞑想で心が静かになった時。

何も考えていない時。

就寝前や夜中に起きた時

そして、

「丹光を見よう!」

と意気込んでいない時です。

だから私にとって丹光は、

見ようとして見えるものではありません

自然と見えてくるものなのです。


空っぽだから

見えるのかもしれない

これはあくまで私の考えですが、

何も考えていない時というのは、

自分の中が「空(から)」に

近い状態なのではないでしょうか。

すると宇宙エネルギーが入りやすくなり、

チャクラが自然に活性化する。

だから結果として丹光も見えやすい。

そんな可能性もあるのではないかと

感じています。

これは私の仮説です。


共通していることもある

オーラ視と丹光。

この二つには違いがありますが、

共通点もあります。

それは、

どちらも力を入れて見ようとすると

見えにくいこと。

ぼーっと眺める。

力を抜く。

自然に見えてくるのを待つ。

この感覚は、とてもよく似ています。


丹光は自分のエネルギーを

見ている

そして、もう一つ。

丹光がよく見えるのは、

自分のエネルギーが満ちている時。

逆に疲れていたり、

エネルギーが落ちている時には、

見えません

丹光は「外にある光」ではなく、

「自分の内側にある光」を見ている

それは第六チャクラ(上丹田)の

活性化が関係しています。

第五チャクラが活性化していても

丹光を見ることはありません。

第五チャクラが活性化すれば

それは光ではなく、音として

認識されるのだと思うのです。

(これに関してはまた今度書きます)


丹光とは自分の第六チャクラの

エネルギー状態を見ている状態。

外部ではないのです。


そして私はこの記事を書くまで、

丹光は第六チャクラ(上丹田)だけと

思い込んでいました。

実はもう一つ丹光(?)に関係すると

思われる光を私は見ていたのです。


次回、もう一つの光について書きます。







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